▼牙を持った羊 第一章 不良神父、迷える子羊に出逢う早々ナンパする | |
初夏の午後。 駅前の繁華街は、賑やかな喧騒に包まれていた。買い物途中の主婦の方々、お勤め帰り のサラリーマンであるお父さん方、そして仕事をサボって駅前のベンチに 神父―― 皆、この何気無い日常、やがて思い出すコトも無くなるであろう、しかし一生に一度し か巡ってこないこの時間を過ごしている。 ベンチに すると僕は、いつも奇妙な―― げる。 これでは、まるで―― ぐう。 まるで僕の心の呟きを打ち消すかのように、腹の悲鳴が聞こえた。無論僕のものではな い。僕は首を巡らせて、ベンチ――しかも ている少女を発見した。 「………」 僕は後に振り返り、この時何故にこの少女が自分のすぐ なかったのかと不思議な気持ちになる。 しかし、それはまだ先のコトだ。 「………」 その瞬間、先程とは別の――言うなれば いつの間にか、少女に眼を奪われる。 年齢は十代半ば頃であろうか。しかし少女の放つ幼い雰囲気と、キャップにパーカー、 そして膝丈のジーンズといった、まるで少年のような出で立ちが少女を実年齢より幼く見 せる。しかし女性の年齢というもの分からないもので、時によっては大きく読み間違える コトがある。だから案外見掛けにはよらないのだ。 多分。 しかし中学生位でだろうか?それとも……… まあどちらにしろ、同年代には見えない。 「おにーさん………」 「ん?」 少女は僕の眼を真っ直ぐ見据え、怖い位 「あのね………」 「………」 無言の僕に、少女はやはり無言で、哀しげに、しかし妙にキラキラした瞳で何かを訴え かけてくる。そして時間が経てば経つほど、少女の顔が泣き出しそうに歪んでゆく。 一方僕はといえば、少女の責めの視線を受けながら、居心地悪そうにやり場の無い視線 を 何れにしろ、何かを言わなくてはなるまい。 何の根拠も無くそう思った僕は――これも又後に振り返ってみて、何故に自分がそのよ うな大それたコトを言ってしまったのか、と思わず赤面してしまう――とんでもない行動 に出た。 「ナンパ、してもイイかな?」 「………え?」 少女は思わず絶句して、口を開けたまま数秒間固まった。どうやらこういう展開は予想 の 「………」 そして、僕も固まった。 神父だって人間だ。気に入った女がいれば、当然ナンパ位する。 うコトをするとは、我ながら思いもしなかったからである。 「この先に旨い飯を食わせてくれる喫茶店があるんだ。あんさんさえ お付き合いして欲しい。――勿論、 生まれて初めてのナンパにどぎまぎして、思わず口早に言った。後半なんか半ば いた。 「駄目?」 未練がましく言った。 すると少女は我に返り、やがてくすっと笑った。 「面白い人」 「そうかな?」 「うん♪」 不意に僕等は顔を見合わせ、思わず口元を弛ませる。やがて少女は口の たまま、 それから少女が一体何と言うのか、少女の口から一体どういう しみに待った。 「――オムレツ(当店自慢のタバスコ入りのケチャップがお勧め)でございまーす」 「うわ!」 「――パスタ(ベーコンと 「わお!」 「――ブイヤベース(魚貝類満載でサフランと 「うあーい!」 店員がテーブルに注文した料理を運ぶ度に、店内にいちいち喜悦の声があがる。しかし そのトーンは、感心と言うよりは感激に近く、更に りする。 ここの料理は 彼女は、それとは ている。 まあ聞くトコによれば、何でも彼女はここ数日、 中になるのも ここは、駅前の繁華街の大通りを抜けた、路地裏に存在する この風変わりな店名を 特殊なトコだ。 業務内容に ………にしても、どーして僕は、こんなトコにいるのだろう? 「何だかな………」 僕は 「ねェ!」 突如、元気一杯な声が 「ひゃ!」 思わず、少しばかり 「あ、あによ………!?」 内心 ながら何か言ってきた。 「ほほほへは、ほひーはんほほははへっへはひ?」 言うまでも無く、何を言っているのかさっぱり判らない。 「悪い。口の中の物を飲み込んでから話してくれ。何を言っているのかさっぱりだ」 すると少女は、ごっくんと 「――よく 思わずぶっきらぼうに言った。 「ところでサ、今更こんなコトを 「ん?」 「おにーさん、お名前何てゆうんだっけ?」 「あれ?言ってなかったっけ?」 「うん。ゆってたらわざわざ いようなモノだケドね」 少女は聞きようによっては うなトコが――無くも無い。 「まあ無理にとは言わないケド、何だったらおにーさんがボクに呼ばれたい名前でもイイ から――」 少女は、一点の きた。 何と言うか、全てを だが―― 「―― 僕は内心、少しばかり っていた。 「 「セバスちゃん?それに神父?」 少女は、まるで今気付いたかのように ペンダントを取り出して見せた。 「セバスチャンは、洗礼名だ。ウチの教会の信者は、洗礼を受けると、新しい名前を付け てもらうんだ。そんでもって、俺はそこで神父をやってる。 にも不真面目で雑な性格が災いしてね。ウチの堅物 るらしく、影では《 そう言って、手元のナプキンにペンを走らせ、少女に手渡す。そこには、横書きで名前 が書かれ、その下には我ながら流麗な筆記体で読みを加えてある。 「………ヘェ………変わったお名前だね」 「確かに。親がこれ又とんでもない変わり者でね。一応 いる。お袋が自分の名前を削って付けてくれた」 しかし名前だけでなく、まさか生命まで削っていたとは、当時の僕には知る た。 「ヘェ………オオカミかぁ………」 少女はその響きが気に入ったのか、口の中で何度も僕の名前を かべた。 「ああ。それでもし、あんさんさえ 呼んでいる。何なら俺の特徴を踏まえた上での呼び名でも構わないケドな」 言い終えると、不意に少女は、「神父か………」と呟き、急にまじめな顔になった。大 きな瞳が細められ、何らかの意思が してその正体を探ろうとした瞬間、 「奇遇だね」 「奇遇?」 少女の微笑と共に、それは消え失せた。 「実はボクも、神父さんを捜している可愛らしい迷える仔羊なんだ?」 「………」 「………なーんちゃって。あは♪」 妙に る。猫のように細くなった眼を半ば た。 「 「ボクは一人暮らしだよ。これでも自立してるんだ。おねーさんって呼んでイイよ」 「いや、そーじゃなくて、名前」 「え、ボク?ボクの名前は………」 当然のように 何故、そこで引き 「えっと………なぎさ、とかでイイかな?」 「え、いやそのとかでイイかな?って?もしかして偽名なんじゃあ………」 「ん、いや大丈夫!ノープロブレム!ボクはなぎさ。ホントこれにけってェ〜い!!」 「いやそのこれにけってェ〜い!!って?やっぱり偽――」 「ホント大丈夫。気にしないで。ね?」 そんな 「で、 「せ、せい?」 「 「ああ、姓、苗字ね。今は………」 「今は?」 やっぱり偽名らしい。 「ま、イイや」 本当は全然良くないのだが、どうせ答える気が無いのだろう。だからといって、 「じゃあ、コマちゃんって呼ぶね。ボクはなぎさだから、なぎって呼んでね」 「………」 「ダメ?」 「お好きなように」 そう返すと、僕と彼女――なぎは同時に吹き出した。 「あはは………」 「ははは………」 それから僕達は延々とだべっていた。時折追加注文をしながら、ここのメニューの 趣味、最近の出来事、 知らずの女性とこうやって だった。 そんなこんなで時間は 「あ、もうこんな時間だ。そろそろ 「ああ」 すっかり冷めた 「今日はすっかりごっちになっちゃって、ホントにありがとう」 「いやいや、俺も中々 ありがとう」 そう言って 気の だがその顔には、何と言うか、切実な光が見えたような気が、しなくもない。 「ん?」 「うぅん、何でもないよ、何でも………あはは………ばいばい」 「応………」 僕との別れを ないが、僕は彼女に連絡先を 「じゃな。可愛らしい迷える 「うん。ありがと。ばいばい」 「ああ。 そう言って、胸の前で小さく十字を切った。 背後から「また誘ってね」と言う声が聞こえたが、僕は特に振り返らずに、背中越しに 手を振った。 そして、夜。 誰も家にいないコトをいいコトに、以前 ビデオ『マグロ天国@〜これが噂の名門!聖愛女学園〜(限定版)』を鑑賞しようとして いた、その時だ。 何の 僕は思わず時計を見た。 午前二時過ぎ――良い子なら、 こんな時間に突然電話を寄越してくるのは一体どういう か?姉貴か?バイト先の 駄目だ、心当たりがあり過ぎて、一体誰なのか見当もつかない。 やがて意を決した僕は、恐る恐るボタンを押した。 「もしもし」 そこから聞こえてきたのは、聞き覚えのある女の声だった。 い、そんな気配があった。 『あ、コマちゃん?良かった。ちゃんと 「どうした?こんな時間に」 『 それが全てであり、それで充分だった。だから僕は、不安そうな声の主にこう 「奇遇だな。俺も丁度今、可愛らしい迷える それから僕は、彼女の現在地を待ち合わせ場所に指定し、二三打ち合わせをすると、 『コマちゃん、ボクを、助けて』 |
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